2011年10月、福島第一原子力発電所の事故から半年以上が過ぎていました。特に情報を集めるといった努力をしていなかったのですが、ある違和感を感じていました。
事態は深刻さを増して様々な動きが出てくるだろう。福島県の大部分とその周辺地域から大規模な避難、または移住が余儀なくされるのではないか。しかしそのような報道はなく、西日本にいる限りこのまま事故のことは忘れ去られてしまうのではないかと感じられるほどです。友人に率直に「未だに福島に人が住んでいることが信じられない」と言うと、同じことを感じていることと政府の対応が酷いということを話してくれました。
政府の酷さはもちろんそうだけども、自分の命の問題なのだから事は急を要する。地震のときには津波で命を失った人たちがたくさんいる。明日津波が襲ってくるとわかっていたらまず命を守るために逃げるでしょう。放射能の場合は目に見えない、すぐには結果が現れない。けれど10年後もしかしたら死ぬかもしれないと思えば、明日やってくる津波と事態の緊急の度合いは変わらないはず。そう思ってもそれを口にすることはありませんでした。なぜなら私は安全なところにいて、実際に放射能レベルが高い地域に住んでいる当事者ではないから。苦渋の決断をするのは試練に会っている福島やその周辺の地域の人たち。何もできない自分が軽々しく口にしてはいけないことだろう。
しかし、時間が過ぎるばかりで、いったいどうなっているのかがまったく見えてこない。政府の対応云々もそうだけども、多くの人がどのように考え、感じているのか知りたい。自分が感じていることを共有したい。受身では何も分からない。
試験的に始めた Facebook, Twitter で原発事故に起因する放射能災害について調べ始めました。 なぜ Twitter かというと、3月の東日本大震災のときに当時 Google が提供していた Twitter のリアルタイム検索で情報を得、非常に役に立った経験からです。Facebook はどんな使い方をするのかもわからず友人からの勧めで始めました。Twitter は長い文章は書けないし、Facebook では情報の記録やまとめをしにくい。そこで自分でサイトを立ち上げることにしました。自分のための記録に過ぎませんが、なんらかの役に立つことを願い公開します。
このブログや別のページの情報(今はただのリンク集でしかない)をみる人はほとんどいないかもしれない。けれどこういった小さな活動が自分自身にそして世界にどう影響するのか,その可能性を試してみたい。少しでも自分と世界が変わることを願い始めてゆきます。